子ども若者応援フリースペース(品川区)の問題点について書きました

https://narrative.hatenablog.jp/entry/2024/01/14/211225

一人より二人、でも大人数は苦手

発達障害のための居場所づくりは決して簡単なものではありません。
だから山師的な人間が入り込む余地があるとも言えるのですが、具体的に何が難しいのか、ちょっと考えてみたいと思います。
 まずアスペルガーとかASD自閉スペクトラム症と呼ばれる人たちについて。
こうした人たちが文字通り完全な自閉症ならば、話は比較的簡単です。図書館とネットカフェを基本にして上手く相談業務を組み合わせれば、それなりの居場所ができるでしょう。
しかし、いわゆるアスペルガーと呼ばれる人たちは、そのようなタイプばかりではありません。1対1、二人きりの関係は好む一方で、大人数でのコミュニケーションにストレスを感じる場合が多くあります。ただし1対1、二人きりの関係が本当に好きで得意なタイプは、他の認知傾向(思考パターン)がアスペルガーっぽくても、発達障害とは認識されないことが多いでしょう。アスペルガーと言われる人は二人きりの関係を好むけれど、1対1の関係でも、それほどコミュニケーションが得意ではないのかもしれません。あるいは自分では意識しなくても、男性の場合、結婚相手の女性が違和感を感じ、ストレスでカサンドラ症候群と呼ばれるような状態に追い込まれたことで、男性も発達障害だったと意識するのかもしれません。
 コミュニケーションは相手とのキャッチボールなどと言いますが、アスペルガーの場合、話し手と聞き手の役割分担が、はっきりしているほうが快適だと思います。お互いが対等な役割のキャッチボールではなくて、攻撃側と守備側がはっきり分かれている野球の方が快適と言う感じでしょうか。心理学や社会学精神分析の用語を借りれば、対話ダイアローグよりも、語り(物語)ナラティブの方を好む人が多いと思います。アスペルガーの人は一方的に話してばかりいるというイメージもありますが(実際に、そういう風に書いてある本もあります)、逆に相手の人が一方的に話していても、自分にとって理解可能で、それなりに興味のあることなら、集中して話を聞けると思います。
 その一方でグループのディスカッションのようなものは苦手です。その場の空気を読むことが苦手で、一人、一人の発言を追っていると、どんどん話が進んでいってしまう感じです。この点では、全く空気を読まないでコメントが出来る人の方が、まだ楽な気もします。一人、一人の言いたいことは理解できるのに、会議やディスカッション全体の空気が読めない時に、非常にストレスがたまります。

以上のようなことを理解してない人たちが居場所づくりを行うと非常にストレスがたまります。ある程度我慢して居場所の空気に合わせようと努力した後で、ストレスを爆発させて暴力的になったり、SNSでスタッフを罵倒したり・・・
怒りの矛先になった人達は気の毒ですが、今では発達障害の2次障害として広く知られている言動なので、専門家を名乗るなら、適切な対処ができるはずという気もします。
ついでに言うと、バックボーンが精神医学とか臨床心理の人たちは、1対1の関係が基本なので、ある種の発達障害を持つ人が1対1の関係を求めているということは自然なこととして受け止めているように思います。問題なのは学校の教師とか学習塾出身の人たち。(学校を定年になって暇だから、のんびり不登校の支援でもしようかと考えている有難迷惑な人達。)こうした人たちは、グループ単位で児童・生徒に接する習慣が、しみ込んでいます。何かグループを作ってミーティングをやったりすると、仕事をしている気になる。たまに1対1で話をすると、中学校とかの学校教員って、つまらない人間だなと感じる時も。(個人の感想です)このぶろぐで

こうした話は、このブログで少しずつ、ゆっくりしていければ良いのかなと思います。
ともあれ、アスペルガー的な人間は、1対1の関係に憧れて、居場所とか交流の場に参加してみるものの、集団でのコミュニケーションに疲れて一人で引きこもるようになりがち。ニュースで話題になる無敵の人も、1対1の人間関係に憧れていたのに集団に幻滅して破滅的な行動に至ったのかもしれないという気がします。